2014/05/30

【けんちくのチカラ】映画監督木村大作さんと菫小屋(大汝休憩所)

ロケ中の木村大作監督(©2014「春を背負って」政策委員会)
映画『八甲田山』などの撮影を手掛けてきた名キャメラマン、木村大作氏が映画『劔岳点の記』に続き、5年ぶりにメガホンをとった監督2作目『春を背負って』(6月14日全国東宝系公開)は、富山県の標高3000mを超す立山連峰の雄大な自然と、その中にたたずむ「小さな」建築で物語がつづられる。その小さな建築は、大汝山(おおなんじやま)の山頂3015mに実在する大汝休憩所。建築面積100㎡ほどの木造建築だ。登山客の命を守る「シェルター」として半世紀以上の時を刻んできた。映画では「菫(すみれ)小屋」と名付けられ、その空間は、命を守るだけでなく「心の避難所」あるいは「居場所」として温かく描かれる。木村監督の映像はリアリティーにあふれ、菫小屋で語られる言葉は優しい。 
 映画『春を背負って』は、立山連峰がパノラマで見渡せる雄大な自然と山小屋としての「菫小屋」が物語の中心に描かれる。その映像が崇高さをもって見る者に伝わってくるのは、3000mを超える山で、四季を狙って延べ60日間のロケを敢行した本物の映像があるからに他ならない。
映画『春を背負って』で山小屋として撮影に使われた大汝休憩所(標高3、015メートル)
©2014「春を背負って」政策委員会
◆本当にあるのだったら、そこへ行く

 木村監督は本物へのこだわりの一端をこう話す。
 「ぼくの映画はどんな厳しいところでも、全部本当の場所に行く。本当の映画づくりをしているっていうことなんだよね。いまはCGが流行り。そういう映画がだめだって言っているんじゃないですよ。時代劇や宇宙ものは現実にはないのだから使わなきゃしょうがないよね。でも本当にあるのだったら、行くのはきつくても、そこに行ったら、ものすごい映像が撮れる可能性が高い。今回の『春を背負って』では、雄大な自然はもちろん、俳優さんに3000mを超える山頂に登ってもらうことで、嘘のない感情と表情を引き出すことができたと思います。水平線に山々の頂上が見える中に佇むと、自然の一部であるような感覚になり、荘厳な気持ちになるものですよ」
 木村監督がロケ地を大汝休憩所に決めたのは、『劒岳 点の記』の撮影で通りがかった時の記憶が鮮明だったからだ。原作の小説『春を背負って』(文藝春秋、笹本稜平著)では奥秩父が舞台になっているが、笹本さんに了解を得て立山連峰に変えた。
 「原作の山小屋が営業中で撮影が難しいなどの理由から、大汝休憩所を思い出したのです。あの小屋なら、父親が細々と営んでいた山小屋を父の急死で息子が継ぐという、原作のストーリーにもピッタリくると思いました。緊急避難で、最大でも30人ほどを収容する小屋ですから。この規模の山小屋がよくぞ半世紀も続いてきたと思いました。『劒岳』の撮影の時、遠くから見た時の風情が素晴らしかった。それと中にも入ったのですが、トイレがきれいなのが印象的でした。有料のトイレとはいえ、手入れが行き届いていましたね。それで『劒岳』の撮影で知り合ったここのオーナーの志鷹定義さんにお願いしました」
 志鷹さんは閉鎖しようと考えていたが、木村監督が映画を撮りたいから2年待ってくれと伝えると、自由に使っていいと了解してくれたのだという。
 先行スタッフが初めて大汝休憩所に行ったのは12年9月。蒼井優さん、檀ふみさんら女優も宿泊することから、内装を改造し、ベニヤ板による仕切りで個室のようなスペースもつくった。撮影スタッフの「大汝休憩所詣」は12年11月。猛吹雪になり、真冬の撮影は困難と判断されたという。
 そして、本格的な山での撮影は13年4月下旬から延べ60日間にわたって行われた。木村監督は、撮影終了まで計13回この小屋まで登った。

◆内部のセットはスタッフ総出で「汚し」

 山小屋内部の撮影に使ったセットにも木村監督の本物へのこだわりが貫かれた。
菫小屋内部
「東宝のスタジオに作った山小屋は、長い年月を経ている『汚し』というのかな、それを出すためにスタッフ全員で紙ヤスリとたわし、雑巾で1週間かけてこすった。俳優さんたちが見て、本物よりすごいって。冒頭のシーンでまだ雪深い春に山小屋を開けるシーンがあるのですが、これは川崎の冷凍倉庫にセットを作って撮影しました。だから雪は全部本物ですよ」
 物語の主題でもある「心の避難所」「居場所」についてはこう話す。
 「3000m級にある山小屋というのは、ひとたび低気圧がきたら、避難する登山者を断るなどということは一切あり得ない。そうした使命を持つ山小屋だから、心の避難所にもなるのだと思います。心を病んでいる人々の避難小屋。山小屋に自分の居場所を見つけた人間の物語です」
 出演者の一人、小林薫さんは木村監督を「この人は自分が撮りたいと思ったところには這ってでも行く人。最後の活動屋だ」と言った。
 それはインタビューの中で木村監督が語った「惹句になるけど、厳しさの中にこそ美しさがある」という美学にも通じる。
 「明るい未来に向かう、胸がすくような気持ちのいい映画になりました」

◆菫小屋のセットにもこだわり

 「菫小屋」の中でのシーンは、東京・成城の東宝スタジオにつくったセットで撮影された。このセットにも木村監督のリアリティーが徹底して発揮された。
 美術制作の中心になった東宝映像美術の近藤紗子さんは、木村監督との仕事は初めて。本物へのこだわりを次から次へと体験した。
 「3000mの山頂にある山小屋だから資材もぜいたくなものはないなど、監督の指示でセットを建て込みましたが、でき上がった際、階段が広すぎる、ベッドをもっと狭くなどけっこう調整がありました。ベッドは布団が載らないと言うと、現地はそうだと。2週間ほどで建て込み、調整が終わって、衣装さんやメイクさんなどベテランの方が集まった時でした。木村監督から『はい、みんなヤスリを持って』と声がかかりまして、皆さんマスクをして一斉に紙ヤスリで壁や柱などを削り始めたのです。『エイジング』のためですが、撮影するメーンのスタッフさんがセットを削るなんて見たことがないです。すばらしいことだと思いました」
 ほかにも雪に閉ざされた山小屋の雰囲気を出すため、冷凍倉庫でもセットを組んで撮影したり、セットの壁材を長期間野ざらしにするなど、さまざまなこだわりがあった。
 カメラポジションを確保するためのセットの一部解体は、構造材が絡むと難しい場合もあるが、「不可能なことはない。そうだよな、近藤」と言われ、近藤さんは「そうだと思います」と答えたが、後でどうしようか考える場面がいくつかあったと笑いながら振り返る。
 「俳優さんも、スタッフさんも監督のもと、同じ方向に向かっている感じを強く持ちました。その場にいてとても心地よかった。大変でしたが、経験したことが、いろいろな意味で力になりました」

◆大汝休憩所のオーナー・志鷹さん、管理人・大野さんの話

 大汝休憩所は、600mほど下の室堂平で雷鳥荘という山小屋を経営する志鷹定義さんがオーナー。志鷹さんは「観光地になっても『心の避難所』という方もいらっしゃいます。映画では30人ほどが泊まり込みで撮影すると聞いて大変だと思っていましたが、すばらしい映画ができてとてもうれしいです」と話す。
 管理人の大野力さんは、石川県で建築の現場監督も経験している建築技術者。大野さんは「女優さんの宿泊する2階の個室は、大工さんを入れて3日間くらいでつくりました。私が間取りなどの指示をしました」と述べる。「休憩所は昭和35年ごろにできたと聞いています。当時は『歩荷(ぼっか)』で柱や梁などの資材を運んでいます」

 『春を背負って』 6月14日全国東宝系公開。原作:笹本稜平「春を背負って」(文藝春秋刊)、監督・撮影:木村大作、音楽:池辺晋一郎、脚本:木村大作/瀧本智行/宮村敏正、出演:松山ケンイチ、蒼井優、檀ふみ、小林薫、豊川悦司。
 立山連峰の雄大な自然と小さな山小屋を舞台に、人生の挫折などを味わった3人が「自分の居場所」を求めて心の旅をする人間ドラマ。

 (きむら・だいさく)1939年7月生まれ。東京都出身。58年東宝に入社。撮影部に配属され『隠し砦の三悪人』『用心棒』といった黒澤明の作品にキャメラマン助手として参加。73年撮影監督デビュー。代表作は『八甲田山』『復活の日』『駅STATION』『火宅の人』『鉄道員(ぽっぽや)』『北のカナリアたち』など。2009年には監督・脚本・撮影を担当した『劔岳 点の記』が封切られた。日本アカデミー賞優秀撮影賞21回受賞、そのうち最優秀撮影賞5回受賞。『劔岳 点の記』では最優秀監督賞を受賞。03年紫綬褒章を受章。10年旭日小綬章を受章。
建設通信新聞(見本紙をお送りします!)

1 件のコメント :

  1. 「春を背負って」を109で観ました。観客は10人足らずの中高年ばかり。袋をバリバリ言わせるので、「うるさい」と一括しました。山小屋のオッサンの気分でした。
     さて、登攀シーンやピッケルの扱いなど、細かい指摘は他の人に任せます。大自然は、人を癒すばかりか、謙虚にさえさせてくれます。我々山家は、「下界」から離れて、野人に戻るために、山に行きます。今夏は薬師岳を目指します。薬師岳山荘のオーナー夫婦と、この映画の話が出来れば酔いなとも思います。皆さんも、ご鑑賞あれ!

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